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不思議のはじまり

 2006年のある日、就寝中に突然、霊的な覚醒体験(クンダリーニ覚醒)が起きました。尾てい骨から大きなエネルギーが体を貫いてのぼって来たのです。びっくりして飛び起きました。その感覚はなかなか無くならず、「これはいったいなんなんだ?」と自問自答しながら、朝まで眠れずにすごしたのです。その衝撃は、今でも忘れることができません。


そしてこのときを境に、すっかり体質が変わってしまったのです。常に体に微弱電流が流れているような感覚があり、同時に、みえない存在や他者のエネルギーを敏感に感じるようになったのです。

はじめは、この感覚がなんなのか、この異変がなんなのか、わからずにとまどっていました。

覚醒体験から半年ほどすぎたある日、こんどは突然、予知能力・透視能力が全開となったのです。「すべてがわかる・当たる」状態になり、次々に不思議な体験をすることになります。さらにそれらの能力を通して周囲の人たちを助けるシンクロニシティがたくさんおき始めました。

それが最初におきたのは、リラックスしてテレビを観ているきでした。温泉めぐりの番組だったのですが、タレントさんの名前が書いてあるルーレットを回して、誰がこの温泉に入れる?というクイズ形式になっていました。なんとなくぼんやり眺めていたら、「まだ誰も入っていない温泉の紹介シーン」に、「すでに(ルーレットで当たったタレントさんが)入浴しているシーン」がテレビ画面にオーバーラップするように見えたのです。

すると、実際に予知どおりのタレントさんがルーレットに当たり、観たとおりの入浴シーンがテレビに映し出されました。これが、番組が終わるまで続いたのです。
番組の途中から私が「次はこの人がルーレットに当たるよ」と宣言したことが次々にその通りになるので、一緒にテレビをみていた夫も驚いていました。

一番最後には、「このうちのひとりだけが、温泉に入れないルーレット」というお題になっていました。カメラがタレントさんの顔を映しているとき、「あ、このひとが入れない」とわかりました。そのひとだけ、違うオーラ(波動)なのです。するとやはり、その人が温泉に入れませんでした。このとき、人の発するオーラ(波動)というものが、現実に起きるできごとと関係している、となんとなく気づきました。

最初は、「なんだろうこの感じ?」と、とても不思議な感覚でした。はじめて味わう体験でした。とてもリラックスしているのに、意識のアンテナが広がっているような感覚でもありました。頭頂部にフワフワと風が吹いているようなこそばい感じもありました。

それから数日間、なんだかわからないけれど「わかる」ということが続き、あれこれと当ててしまうので、役立つことも多く、夫もおもしろいね、と不思議がっていました。

手術で入院することになった義母に付き添いしたときも、その感覚がやってきました。

ふたりとも担当医とはじめての対面だったのですが、廊下の遠くの方に立っている医師の姿をみて、「あの人が担当医だ」とすぐにわかってしまったのです。大きな総合病院で、そこにはたくさんの医師の姿があったので、自分でも不思議でした。

さらに、「あの医師なら大丈夫だ。すべてうまくいく。」とすべての経過が「わかって」しまったのです。

それからしばらく待って、名前を呼ばれて病室に入ると、やはり「あの医師」が座っていました。

その日、義母と帰りにランチを食べながら、思い切ってこの数日間に起きたことを話しました。
ここ数日、不思議な直感が当たり続けていること、あの医師が担当医だということが前もってわかったこと、あの医師なら手術も成功する、大丈夫だということがわかったこと、を話したのです。
すると、義母は笑顔になり、少し安心したようでした。

この予感も大当たりで、この担当医は本当にそのとおり、医師としてすぐれた判断で義母の手術をしてくださり、手術跡も綺麗だと義母の自慢になるほどで、人間的にも大きな器の、優しく信頼できる方でした。義母もとても信頼している大切な先生になりました。

入院中の義母にも、不思議なことがおこりました。

レイキを学んでいた私でしたが、その日風邪をひいていた私は、自分を通じたエネルギーを送ることをやめ、「明るい世界の、元気な義母の姿」を心の目で観ていました。このころには、意識が観察したものが現実に影響することを知っていました。

すると、その日夫がお見舞いから帰宅後するやいなや、「おふくろに、なにかした?」と聞いてきました。夫は遠隔レイキヒーリングをしたと思ったようでした。

「どうして?」と聞くと、ちょうどヒーリングを送った同時刻に、義母が『天井に観世音菩薩の後光のような幾何学模様が見え、そばに女性が立っていた』、というのです。

義母は視えない世界の話をあまり信じない人なので、自分でも不思議がっていました。

あの医師のこともそうですが、なにかに導かれているような感じがしていました。すべてうまくいく、早々に退院する、ということも「わかって」いました。

そして手術を終え、薬の副作用も不思議なほど軽く、予知どおりの展開で、周囲も驚く回復を見せて早々に退院することができたのです。

この一連のできごとには、「シンクロニシティ」もたくさんありました。

後にガイドから、このときの回路全開の状態は「(視えない世界って本当にあるんだ、ということを体験するための)デモンストレーションだった。」と告げられました。


義母に癒やしが起きたとき、私はただただ「明るい世界の、元気な義母の姿」を心の目で観ていただけでした。

ある人が入院中に肺炎になって高熱を出した、と言われたときも、「朝になって、すっかり平熱になって元気になっている姿」を観ていただけでした。そのとおり、翌日、「朝になって、平熱になった」と連絡がありました。

このようなできごとは枚挙にいとまがありません。

意識から自分の生きるすべての世界が創造されていると理解したいま、「癒やされるべき人はいない」ということを実感しています。すべての人は、大いなる力を宿しています。私たちは、その姿を「観る」だけなのです。

なにかを「変える」のではなく、「そうなっている世界」へ意識がシフトしていくのです。
だから私がやったことは「病気の人を癒やして病気を治した」のではなく、「すでにその人が癒やされている意識の世界へ私がシフトした」のです。

日常の中の、ささいなことや、うれしいできごとや、こうなったらいいな、ということなども、心の眼で観ていくとそのとおりになっていくことがたくさんあります。

もちろん、まだどこかに残っている観念や、宇宙が連れて行きたい方向などもあって、「おまかせ」の部分もありますが、それも含めて「現実は潜在意識のとおり創造されている」のであり、その潜在意識に影響を与えているのは、「心の眼でなにを観測しているのか」だということです。

自由に、幸せに、目覚めた意識で世界を観れば、潜在意識が変わり、現実がそうなっていく。

だったら、潜在意識が幸せに向かっていくようにアプローチするリーディング方法や、メソッドがあればいい。

ということで、メソッドの開発を積み重ねていきました。

メソッドを開発していくときには、ためしに自分で実験します。紆余曲折しながらブラッシュアップされていくメソッドを使っていくうち、どんどん夢が叶っていく。どんどん楽になっていく、という体験を重ねていきました。

「自由に、幸せに、目覚めた世界で生きることができる」ことが、今一番私が伝えたいことです。

目覚めの世界ってこんなに楽しい。楽しい仲間と一緒に目覚め体験をしてあそぼう!

という意図のもと、『講座・目覚めのコース』でメソッドを伝えています。


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